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  • OODA Intelligence 2026年7月9日 📖 18分 sailabo-admin

    算命学が読む「国家50年サイクル」——日本、和合期の終わりに何を選ぶのか

    はじめに

    算命学が読む国家50年サイクル論、日本編。このシリーズも5回目になった。今回は満を持して、わたし自身の足元——日本を取り上げたい。

    正直に言うと、この記事は一番書きにくかった。これは他人事の分析ではなく、わたし自身の政治的な実感を色濃く含むものになるからである。安倍政権以降、強行採決に象徴される国会運営や、たびたび表面化する政治とカネの問題——政治の「暴走」とでも呼びたくなる空気が徐々に強まり、2026年2月の衆院選で自民党が歴史的な大勝を収めた高市政権のもとで、その空気は一つの極まりに達しているように、わたしには見えている。

    今回は分量が多くなる。憲法施行(1947年)から現在まで、10年ごとの全期間を、米国のサイクルとの重ね合わせも含めてじっくり検証し、その上で「このまま行った場合」と「憲法改正が実現した場合」という2つの未来シナリオを、明確に章を分けて提示したい。

    算命学が読む国家50年サイクル論・米国編の記事:https://sai-labo.co.jp/2026/07/07/20260707/

    1. 基礎データ

    日本の起点は1947年5月3日(日本国憲法施行)。現在は第2サイクル(1997〜2047年)の「木・和合期」(2017〜2027年)、9〜10年目——このサイクルが終わる、まさにその年にいる。

    米国の起点は1789年3月4日。以下、各10年ごとに米国がどの段階にあったかも重ねて見ていく。

    2. 過去70年の全景——10年ごとの検証

    2-1. 金・動乱期(1947〜1957年)

    象徴的出来事:東京裁判(1948年、東条英機ら死刑宣告)、朝鮮特需(1950年〜)による産業復興、サンフランシスコ平和条約(1951年)で主権回復、自衛隊発足(1954年)、自民党結党(1955年、「もはや戦後ではない」の言葉)。

    何が変わったか:占領統治から主権国家への移行が完了し、東西冷戦の最前線としての日本の立ち位置が固まった。自民党という長期与党の骨格ができたのも、この時期の産物である。ここで作られた「保守一党優位体制」という基盤が、実に70年以上経った今の高市政権にまで、ある意味で直線的につながっていると考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、金・動乱期の終盤(1939〜1949年)から水・学習期(1949〜1959年)へと移行していた。マーシャル・プラン、NATO結成、そして朝鮮戦争——冷戦体制の骨格づくりの真っ只中にあり、日本の占領政策・主権回復は、まさに米国自身の冷戦戦略の一部として設計されたものである。日本国憲法そのものがGHQ主導で起草されたことを思えば、この10年の日本は、米国の学習・戦略構築期に文字通り”内包”される形で進んだと言えるのではないかと思う。

    2-2. 水・学習期(1957〜1967年)——鬼門の10年

    象徴的出来事:東京タワー完成(1958年)、安保闘争(1960年、30万人規模のデモが国会を包囲)、東京オリンピック(1964年)、高度経済成長の本格化。

    鬼門で起きたこと:このシリーズ第1回でも触れた通り、この期間は理論上の「鬼門」に位置する。安保闘争は、国論を二分し、国会を包囲するほどの激しい対立を生んだ出来事であり、同時期には四日市ぜんそく・水俣病といった公害問題も表面化している。経済成長の裏で、国のかたちそのものが揺さぶられた10年だったと言える。

    その後の流れ:安保闘争の激しさは、その後の日本政治に「政治的対立を避け、経済成長に専念する」という暗黙の合意を生んだとされる。この”経済最優先”の空気は、次の和合期・庶民躍動期を通じて日本社会の基調となっていったと考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、木・和合期(1959〜1969年)にあった。公民権運動、ケネディ政権の「ニューフロンティア」、そしてベトナム戦争の泥沼化——米国内での連帯と分断が同時に進行した10年である。日本の高度成長を支えた朝鮮戦争・ベトナム戦争特需は、米国の対外政策の副産物であり、日本の「学習」は米国の軍事・外交戦略と表裏一体だったのではないかと思う。

    2-3. 木・和合期(1967〜1977年)

    象徴的出来事:大阪万博(1970年)、沖縄返還(1972年)、比較的安定した政権運営、オイルショック(1973年)。

    何が変わったか:戦後復興から「先進国の一員」への転換が象徴的に完了した10年。同時に、経済成長の利権構造がこの時期から強固になり始めたとも言われている。今の政治とカネの問題の”原型”は、実はこの和合期にまで遡れるのではないかと考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、火・庶民躍動期(1969〜1979年)にあった。ウッドストック、対抗文化の隆盛、そしてニクソン・ショック(1971年、金とドルの交換停止)——日本の為替・経済構造に直接的な激震を与えた出来事が、米国の”庶民躍動”の中から生まれている。日本が和合を育んでいた10年、米国は自国内の熱量を世界に波及させていたと言えるだろう。

    2-4. 火・庶民躍動期(1977〜1987年)

    象徴的出来事:バブル前夜、東京ディズニーランド開業(1983年)、新幹線網拡大、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の空気。

    何が変わったか:庶民が経済成長の恩恵を実感できた、理論上最も好景気とされる10年。エンタメ産業・消費文化が花開いた一方、この繁栄が次の「権力期」の一極集中的なバブル経済へとそのまま雪崩れ込んでいくことになる。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、土・権力期(1979〜1989年)にあった。レーガン政権による軍拡・新自由主義的な規制緩和、そして1985年のプラザ合意——米国が自国の経済的覇権を行使する形で、円高誘導・日米貿易摩擦を仕掛けてきたのが、まさにこの時期である。日本が庶民躍動期で浮かれていた裏で、米国は権力期の力をそのまま対日圧力に転用していた、という構図は、次に見る2027年以降を考える上でも、示唆に富む先例だと思っている。

    2-5. 土・権力期(1987〜1997年)——裏鬼門の10年

    象徴的出来事:昭和天皇崩御(1989年)、バブル崩壊(1990年〜)、55年体制の終焉。

    裏鬼門で起きたこと:このシリーズ第1回で触れた「裏鬼門」——理論上の第二の危機点——は、まさにこの時期(1985〜1992年頃)に位置する。象徴としての天皇の代替わりと、経済の絶頂からの転落が、ほぼ同時に起きたのがこの10年である。

    その後の流れ:バブル崩壊で生まれた「豊かさへの空虚感」は、その後のオウム真理教事件のような社会不安にもつながったとされている。同時に、55年体制の崩壊は、次のサイクル(金・動乱期)で本格化する政治の流動化の伏線になったと考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、自身の第5サイクルの金・動乱期(1989〜1999年)に入っていた。冷戦終結、湾岸戦争——世界秩序そのものが組み替えられる中で、日本はバブル崩壊という内向きの危機に見舞われた。両国が同時に「動乱」を経験しながらも、その質はまったく異なっていた10年だと言えるだろう。

    2-6. 金・動乱期(1997〜2007年、第2サイクル)

    象徴的出来事:北海道拓殖銀行・山一証券破綻(1997年)、小泉構造改革、郵政民営化、自衛隊のイラク派遣。

    何が変わったか:「失われた10年」の本格化。終身雇用・年功序列という戦後日本型システムが崩れ、格差社会・勝ち組負け組という言葉が定着した。小泉政権の新自由主義的改革は、良くも悪くも「戦後日本型システムの解体」を進めた10年だったと考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、水・学習期(1999〜2009年)にあった。同時多発テロ(2001年)とその後の対テロ戦争——小泉政権はブッシュ政権と極めて緊密な同盟関係を築き、自衛隊のイラク派遣という戦後日本の安全保障政策の大きな転換点も、この米国の「学習期」の渦中で起きている。

    2-7. 水・学習期(2007〜2017年)——鬼門の10年(2周目)

    象徴的出来事:リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)、第二次安倍政権発足(2012年)。

    鬼門で起きたこと:東日本大震災は、国の存続そのものが揺らいだ、この理論でいう鬼門的な出来事だったと言える。同時期のリーマンショックも、日本経済に深刻な打撃を与えている。

    その後の流れ:震災を乗り越えた一体感は、第二次安倍政権への強い支持基盤となった。集団的自衛権・安保法制をめぐる激しい国会論戦もこの時期に起きており、政治的な対立軸が久しぶりに明確になった10年でもある。この「安倍一強」体制の成立が、実は今の高市政権に至る自民党内の権力構造の直接の起点になっていると、わたしは考えている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、木・和合期(2009〜2019年)にあった。オバマ政権の医療保険改革、金融危機からの回復——日本が震災からの「学習」を強いられる一方、米国は国内融和を志向していた10年である。ただしリーマンショックという最初の震源は米国にあり、両国とも自国の水期の入り口で金融危機を経験しているという点は、米国編で見た「境界に危機が集中する」パターンと重なっている。

    2-8. 木・和合期(2017〜2027年、現在地)——何を育んできたか

    象徴的出来事:新型コロナ禍(2020〜2023年)、東京五輪・大阪万博の再来、そして2025年秋の高市早苗氏の首相就任——初の女性首相誕生。

    この10年で何を育んできたか:コロナ禍における社会的な同調・相互扶助の強さは、良くも悪くも「和合期」らしい国民性の発露だったと思う。外交面では、Quad(日米豪印)や広島G7サミット(2023年)を通じた同盟関係の強化、インバウンド観光の急回復、そして日本のアニメ・コンテンツ産業が宗教や政治的立場を超えて世界に浸透していったことも、この時期の大きな成果である。これらは、単なる経済成長とは違う種類の”資産”——国際的な信頼関係と、文化的なソフトパワー——として、次の庶民躍動期に持ち越されていく土台になり得ると考えている。

    一方で、この和合期の終盤(2025〜2027年)に起きているのが、今回の記事の主題である政治の急旋回である。歴史的大勝を経て、公約の優先順位が入れ替わっていくように見える現状は、和合期の”締めくくり方”として、後から振り返った時にどう評価されるのか、まさに今、その分かれ目にあるとわたしは感じている。

    米国との重ね合わせ:米国はこの時期、火・庶民躍動期(2019〜2029年)にある。トランプ政権下でのポピュリズムの高揚、株式・テック市場の活況——米国が庶民躍動期で沸き立つ中、日本は和合期として国際協調・同盟強化を進めてきた。来年、日本が庶民躍動期に入る頃には、米国はこの躍動期の終盤に差し掛かっている。

    3. 次の局面の裏鬼門——2035〜2042年頃への警戒

    このシリーズ第1回で紹介した通り、動画作成者自身も「このまま行くと日本は2035年から40年頃に裏鬼門に突入する」と述べていた。前回サイクルの裏鬼門(1985〜1992年、火期から土期への移行期)と同じ相対位置を今回のサイクルに当てはめると、2035〜2042年頃が、次の裏鬼門——つまり火・庶民躍動期から土・権力期への移行期における危機の窓——にあたると考えられる。

    前回の裏鬼門では、象徴の代替わり(昭和天皇崩御)と経済の絶頂からの転落(バブル崩壊)がほぼ同時に起きた。今回、この時期に何が起きるかは分からないが、理論の型に従うなら、庶民躍動期に積み上がった熱量や富の一極集中が、この時期に何らかの形で調整を迫られる可能性がある、というのが一つの見立てである。

    4. 予測①——憲法改正が行われない場合のシナリオ

    ここからは、明確に章を分けて2つの未来シナリオを提示したい。まずは、憲法改正が実現しない、あるいは2030年代以降にずれ込んだ場合のシナリオである。

    理論の型に従えば、2027年から「火・庶民躍動期」(2027〜2037年)に入る。これは50年で最も好景気に恵まれるとされる10年間である。前セクションで見た「和合期に育んだ資産」——ソフトパワー、同盟関係、インバウンド需要——が、このタイミングでうまく経済的な果実に転化していけば、理論が示す通りの好景気を実際に享受できる可能性があると思う。

    一方で、前回の火・庶民躍動期(1977〜1987年)が、米国の権力期(プラザ合意による対日圧力)によって最終的に揺さぶられたという先例を踏まえると、今回も米国が土・権力期(2029〜2039年)に入る過程で、通商・安全保障面での対日圧力が強まる局面が来る可能性は、警戒しておいた方がよいと考えている。

    このシナリオでの日本の課題は、目前の好景気をいかに実体経済の強化——実質賃金の上昇、産業構造の転換——に結びつけられるかにある。バブル前夜の再来(資産価格の高騰だけが先行し、実体が伴わない好景気)に終わるリスクも、理論の型からは読み取れるのではないかと思っている。

    5. 予測②——2028年頃までに憲法が改正された場合のシナリオ

    もう一つのシナリオとして、仮に2028年頃までに憲法改正が実現した場合を考えたい。

    このシリーズが繰り返し確認してきた通り、この理論には**「憲法が改正されると、サイクルは振り出しの金・動乱期に巻き戻る」**という重要なルールがある。ウズベキスタン編で見た通り、これは実際に2023年に起きたことでもある。

    もしこのルールが適用されるなら、目前に迫っている「火・庶民躍動期」(2027〜2037年)は経験されないまま、改正が発効したその瞬間から、新しい50年の「金・動乱期」——基盤づくりと争いの時代——がゼロから始まることになる。

    このシナリオが意味するのは、改正のタイミング次第で、日本は目前の好景気の10年と引き換えに、新たな動乱の10年を選び取ることになるかもしれないという仮説である。憲法改正という国家の根本設計の変更が、皮肉にも、理論上最も恵まれた時期を迎える直前に議論されているというタイミングの巡り合わせは、単なる偶然と片付けるには、少し出来すぎているようにも感じている。

    もちろん、この仮説には別の見方もできる。改正を推進する立場からすれば、「動乱期こそ、次の50年の新しい基盤を作る好機」であり、目先の好景気を犠牲にしてでも、国家の根本を定め直す価値がある、という判断もあり得るだろう。動乱期は理論上、必ずしも「悪い時代」ではなく、「国のかたちが定まっていく時代」でもあるからである。

    ここで、わたし個人のスタンスを明示しておきたい。わたしは、現政権・現在の自民党という枠組みのもとでの憲法改正には、これまでの経緯と今の政治不信を踏まえると、賛成の立場ではない。ただし、憲法改正そのものに反対しているわけではない。むしろ、新しい世代に向けて米国との関係性を劇的に変えていくため、あるいは目前に迫る裏鬼門を先送りしつつ新しい世代の土台を創り直すための「創造的破壊フェーズ」を、この近い時期に迎える意義は高いと考えている。つまり、志を同じくする政治家のもとで行われる憲法改正であれば、わたしはむしろ賛成の立場を取りたいと思っている。誰が、どのような理念のもとで改正を主導するのか——この理論が示す「動乱期への巻き戻し」という重い代償を払うに値する改正なのかどうかは、その一点にかかっていると、わたしは考えている。

    どちらのシナリオを選ぶかは、最終的には政治的な価値判断そのものに委ねられている。ただ、この理論を通じて見ると、今まさに議論されている憲法改正のタイミングという政治日程が、単なる政局の話ではなく、もっと長いスパンでの国の運気そのものに関わる選択なのだという見方ができることは、記しておきたいと思う。

    おわりに

    70年分を振り返ってみて、改めて感じるのは、日本の重要な転換点の多くが、米国のサイクルの節目と密接に絡み合ってきたということである。占領、朝鮮戦争特需、ニクソン・ショック、プラザ合意、そして今の日米同盟強化——日本の50年サイクルは、単独では完結せず、常に米国という巨大な変数と共振しながら進んできたと考えている。

    そして今、日本は和合期の終わりという節目に立っている。目前にある庶民躍動期を、育んできた資産を活かして実り豊かなものにするのか。それとも、その手前で新しい動乱期への扉を選ぶのか——この選択の分かれ目に、今わたしたちは立っているのだと思う。

    なお、今回の日本編については、今後また別の角度から見直し、改めて発信していきたいと考えている。

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